東曜印房 店主インタビュー

⾦賞受賞を機に、はんこ職⼈として 2 度⽬のスタートをきる

平塚八幡宮の参道、大門通りに店を構える『はんこ』専門店、東曜印房。4代目店主の水嶋祥貴さんは印章技術を競う全国大会で「金賞」や「厚生労働大臣賞」などの受賞を重ねる『はんこ』の手彫り職人です。2010年全国印章技術大競技会で彫った『坂本龍馬』は金賞を受賞。腕利きはんこ屋がみな『坂本龍馬』を彫ったなかで受賞した理由は、「実際に『坂本龍馬』が使っていたような雰囲気をもち、時代の異端児のさまざまな思いを感じさせる」というものでした。

「僕もそんな思いを込めて彫ったので、すごく嬉しかった」と水嶋さん。でもそこで気づいたことがありました。「普段も同じ思いで彫っているだろうか」と。「お客さんもそれぞれ世界にたった一人、その人らしい『はんこ』を作らなくてはいけない」と、あらためて思ったといいます。このことは水嶋さんにとって『はんこ』職人としての2回目のスタートとなり、以来、お客さんの雰囲気を文字に表意することに、これまで以上に心を配るようになりました。

軽い気持ちで始めた職人修行、やってみたら、はまった!

東曜印房は明治42年創業、2代目英耀は名工ともいえる『はんこ』職人で、昭和30~50年代には内弟子が何人もいるほどでした。後進の指導にも熱心で、『はんこ』の学校(神奈川県印章高等職業訓練校)の開校にも尽力しました。書にも親しみ、その腕前は全国で5本の指に入るほどだったといいます。

現在の店主、4代目の水嶋さんは『はんこ』のことは全然知らずに育った現代っ子でした。専門学校を卒業後、4年間県外の『はんこ』屋で働きましたが、印章技術の修行はしませんでした。「帰ってきたら、周りの人は僕が彫れると思っているんです。当時は祖父も彫っていなかったので、昔の弟子に外注していましたが、なんだか恥ずかしい気がして、だったら自分が彫るか」と、軽い気持ちで職業訓練校に入学しました。

賞をとるたび、その奥の深さを実感し、ますます虜に

ウィークデーは店の仕事、土日は職人修行を続け、3年目に二級印章彫刻技能士を取得、その翌年に一級を取得し、『はんこ』職人としてスタートを切りました。この頃から全国規模の大会に作品を出すようになり、平成17年技能コンクールで優勝(神奈川県知事賞)したのを皮切りに、毎年なんらかの賞を受賞していきます。そのたびに「上には上があるのに驚きます。すごい人にはすごい理由があるし、自分の未熟なところも見えるようになった」と、手で物を作ることに意義を感じるようになったのです。

漢字の奥深さや『はんこ』の歴史を知っていくうちに、この世界に引き込まれていきました。自ら修行を重ねながら、職業訓練校の指導員として後進の指導にあたり、厚生労働省のものづくりマイスターを始め、匠として数々の認定を受けました。

オーダーメイドの『はんこ』の9割はデザインで決まる

『はんこ』の制作には主にデザイン、粗彫り、仕上げの3つの工程に分かれますが、デザインは9割を決める大切な作業です。「職人が手でオリジナルデザインを作らなければ、ただのフォントになってしまう」という水嶋さん、「デザインするとき男性は少し力強く、女性は優しくしますが、それ以上に『その人らしさ』を大切にデザインします」。『その人らしさ』は一見では判断できないことも多く、そのため注文を受けるときは対面で、じっくり話を聞くことを大事にしています。

たとえば「結婚するからと来店したお二人、すごく可愛らしい女性と少しごつい感じの男性でした。お話しを聞いてみると、女性は芯が強く、男性は朗らかで優しい人でした。女性の『はんこ』は小柄のなかにも芯の強さを出すように、男性は優しさがにじみでるように作りました」。

最適な書体の組み合わせを提案し、自在な技術で1本が生まれる

デザインを決めるには、まず、どの書体を選ぶかから始まります。オーダーメイドの『はんこ』には、篆書体(てんしょたい)を選ぶ人が多いのですが、ほかにもやわらかく見える行書体やどっしりした隷書体などたくさんの書体があります。

「お客さまの好みが第一ですが、お名前は変えられないので、好き嫌いだけで選ぶと無理があることもあります」と、文字数や画数に最適な書体や並べ方を提案し、希望や用途にそって決めていきます。そのうえで直線や曲線を生かしたり、丸くしたり、角角させたり、線の太さも自在に変えて、『その人らしい』デザインができあがります。

次に粗彫り、この工程は機械を使う職人もいます。そして仕上げに輪郭を整えます。押印したときに表れる表情や趣は仕上げで決まるので、機械任せにできない大切な作業です。水嶋さんは、『はんこ』の作業工程をYouTubeで公開していますが、繊細な作業に目を見張ります。

身が引き締まる、神社仏閣の『はんこ』制作

これまでに平塚八幡宮をはじめ、三嶋神社、前鳥神社、六所神社など多くの神社仏閣の御朱印を作ってきました。「神社仏閣のはんこを彫るときは緊張します。百年、千年、残るものなので、それを自分が作ることに震える」という水嶋さん。「背伸びしてもいいものはできないので、自分が今持っているものを出すことだけ」と、1本の『はんこ』に真摯に向き合うのです。

既製の『はんこ』は役割を終えつつあるのかもしれない

東曜印房は『はんこ』の専門店ですから、20分で彫る『はんこ』も扱っています。これらの『はんこ』は決まったフォントを機械が彫るもので、同じものを大量に作ることができ、安価に流通しています。「需要があって生まれたものですから、それなりの役割はありますが、実印や銀行印に使うには危険」と水嶋さんは忠告します。

押印廃止がすすむなか、このような認印や既製品の『はんこ』は役割を終えつつあるのかもしれません。デジタル化の進歩で『はんこ』がなくても本人確認が可能になり、メガバンクでは銀行印を無くしたところもあります。水嶋さんはこのような無駄な『はんこ』が無くなることは良いことだと考えています。

『はんこ』にこだわる人に、選ばれる店になりたい

しかし結婚だったり、相続だったり、本人の意思を保証する『はんこ』は残るでしょう。「今まではなんでも良いと思っていた人たちが、ちゃんとした『はんこ』を求めて、『はんこ』にこだわるようになる、これからはそういう人たちに選ばれる店でありたい」と、水嶋さんは思っています。

不合理だけど見直される『はんこ』の価値

「これからの時代、『はんこ』は不合理かもしれませんが、みんなが合理化を求めているかといったら、そんなことはない」という水嶋さん。最近Instagramのフォロワーが7000人を超えました。漢字好きな海外の人も多いそうです。「漢字は不合理の極みですが、海外では『漢字ってすごい』『かっこいい』という人がたくさんいます。それは漢字が世界で唯一、今でも使われている古代文字だからです。そんな漢字や『はんこ』の価値をもっとたくさんの人に知ってほしい」と、文化の発信にも力を入れています。

じわじわと人気が高まる遊びの『はんこ』

「遊びの『はんこ』は残っていくと思います」と、水嶋さんは最近では落款印を彫る教室を開催しています。落款印とは日本画・書道の作品に捺すもので、蔵書や年賀状、最近人気の絵手紙などに捺されているのも見られ、自分を表す特別な1本に価値を見いだす人が増えています。

まちゼミでも、「はんこケースの上下を知ろう」「調べて知ろう!漢字のルーツを探る1時間」「職人が手解き、初めての石のはんこ彫り教室」と、日本の漢字文化や『はんこ』文化について、楽しく体験できる教室を開催しています。落款印の教室では、「子どもから大人までみな無心で彫り、捺したときの嬉しそうな顔は格別」だそうです。

地域が支えてくれて商売ができる、街の活性化に参加して恩返しをしたい

今年、112周年を迎える東曜印房。「街の小さな『はんこ』屋がここまで続いてきたのは、僕の力ではないし、父や祖父の力だけでもなく、地域が支えてくれたと思っています」と、地域に恩返しをしたいと思っている水嶋さん。「商売人なので、みんなで楽しく元気に商売していくために、仲間を増やして、街の活性化の役に立ちたい」と、さまざまなことにチャレンジしています。

平成28年、竹を模した形の印鑑を作り、七夕で有名な平塚の名産品として認定され、平塚商工会議所主催の「ひらつか逸品発見フェア」でも逸品グランプリを受賞しました。

地域のコミュニティー放送局、 FM 湘南ナパサでは、毎週水曜日、19時から「ひなぱぱさ

~ヒナタとパパでナパサ~」という番組を息子さんと一緒に担当。7年間続く番組で、息子さんの友達や商店街の仲間をゲストに呼んで、防災のこと、まちゼミのこと、身近な街の話題を提供しています。

また神奈川大学経営学部と連携し、毎年新しい取り組みをおこなっています。学生は授業の一環として、水嶋さんは学生の声を聞ける貴重な機会です。

平塚の防災イベントひらつな祭には発足当初より参加、今年は3.11オレンジマスクキャンペーンを担当しました。

仕事に街の活動にと充実している水嶋さん、「まだまだ修業中です。職人として、物作りを極めていきたいし、その技術をお客さんに還元したいと思っています。僕たち『はんこ』屋がこれから残っていくには、やっぱり実用的な『はんこ』がなくてはならない。あらたに実用的な『はんこ』の需要を生み出すためにも、『はんこ』の芸術性や文化的な価値の高さを高め、皆に知ってほしい」と、国内にも海外にも、発信したいと思っています。

取材・文 椿 栄里子

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