だるまや京染本店 店主インタビュー

困っていることがあったら、きものや帯を持って気軽に訪ねたい

平塚駅前商店街、明石町にある『だるまや京染め本店』は、着物のことならなんでも相談にのってくれる着物のプロデューサー。京染め屋とも悉皆(しっかい)屋ともいわれます。『悉皆』とは『なんでも』『すべて』『ことごとく』という意味で、着物まわりの誂えやお手入れ、お直し、仕立てにまで精通し、着物好きの『こうしたい』『ああしたい』をかなえるために最適なコーディネイトを提供してくれる店です。

たとえば着物のお手入れひとつをとってみても、『染み抜き』『丸洗い』『洗い張り』『撥水加工』『かけつぎ』『染め直し』『寸法直し』『柄足し』など多くの工程があり、それぞれに専門の職人がいます。どんなお手入れをすればいいのかは、着物の状態や目的によって違うので、着物の販売員には分からないことも多いといいます。京染め屋は、持ち込まれた着物を確かめ、的確な作業を提案してくれる着物ライフの力強い味方なのです。

江戸末期から140年以上も続く生粋の職人家系

江戸時代末期、『だるまや』は歌舞伎の幟(のぼり)旗とか、暖簾(のれん)、印袢纏(しるしはんてん)を染める江戸の職人でした。明治44年、平塚に移り、『藍染め』、『型染め』、『洗い張り』と職人として技を広げてきました。しかし環境規制が厳しくなり染物を続けることができなくなると、反物の小売りを始めることにしました。それにともない仕立てを依頼されることが増え、着物の誂えからお手入れまで、すべてを受けられる悉皆屋として商いをするようになったのです。

特に『洗い張り』の技術では、『だるまや』は高く評価されています。『洗い張り』とは着物の縫い目を解き反物に戻して水洗いすることで、古くからおこなわれてきた着物のクリーニング技術です。職人によりやり方は千差万別で、生地を傷めず汚れを落とし、かつ古い縫い目をきれいに消せるかどうかで、技術力が分かります。大島紬、友禅、江戸小紋、それぞれの生地の特徴や汚れ具合によって作業工程を微妙に変えていく繊細な手作業です。一見、シンプルな作業ですが、職人の腕が問われます。

店主自らが洗い張り職人で、数名の職人を抱える『だるまや』の工房内には、洗いを終えた何反もの反物が干され、それは圧巻です。工房内でお手入れの工程の多くを実施できることは『だるまや』の強みで、職人としての技術の裏付けがあるからこそ、悉皆屋として自信をもって的確なアドバイスができるのです。

異色の六代目、いまどきの方法で着物屋を展開

『だるまや』六代目、『洗い張り』職人でもある八木賢一さんは、いまどきの異色な店主です。大学の理工学部を卒業後、最先端の大手IT企業でエンジニアとして働きました。仕事はやりがいがあり面白かったので、辞めたくはなかったといいます。しかし「毎年、優秀な後輩が入社してきて、自分がいなくてもこの会社は変わらない」と感じ、「自分にしかできないことをしてみたい。今、『だるまや』をやらなかったら、きっと後悔する」と、13年前に家業を継ぐため『だるまや』に入りました。

当時、『だるまや』の顧客の7割は平塚市内の人。このままでは衰退してしまうに違いないと危機感を抱いた六代目はいろいろ研究した結果、「着物屋でホームページに力をいれているところがほとんどないことに気がつきました。そこで、うちの『洗い張り』の技術力をホームページで発信したら、販路を広げることができるのではないか」、と考えたそうです。

そして始めたホームページ作り。しかしコンピュータに向かうのはそれまでの着物屋では見られない姿、先代からは「遊んでばかりいないで、仕事をしろ」と、怒られるばかりでした。「説明しても理解してもらえない、分かってもらうには成果をあげるしかない」と思った六代目は、反対されても叱られても、仕事が終わってから夜な夜なホームページを作り続けました。前職の先輩にも助けられ、エンジニアの技術も役にたったといいます。そして次に始めたのがSNS。Twitter、Facebook、Instagram、2年前からはYouTubeで動画配信も始めました。

情報発信とていねいな説明でユーザーとコミュニケーションをはかる

「ただ情報を発信するだけはなく、ユーザーが分からないこと、知りたいことは何なのかを確認しながら説明することを心がけています。質問しやすいラフな雰囲気を作り、どんな相談にもていねいに答えます」という六代目。

たとえば、今では着物を解かずに『丸洗い』(ドライクリーニング)できるようになりましたが、よく『洗い張り』とどちらが良いか相談されます。『だるまや』は『洗い張り』の店ですが、「仕立てがいらない分『丸洗い』は安くできるので、解く必要がなければ利用するのも良いでしょう。とはいえ『洗い張り』の方が良いことは間違いないです」と、ていねいに説明してくれます。

最近では、「『洗い張り』体験」「着付け教室」「着物でおでかけ」といったミニイベントも開催し、インターネットによる情報発信だけでなく、着物好きな人たちとつながり、ファンを増やすための活動など、お店のためになるならどんな小さなことでもやってみようとしています。

このような対応の成果か、YouTubeの登録者数は3700人を超えました。そして注文も徐々に増え、今では市外の顧客が7割となりました。電話や郵送、Lineでの問い合わせも多く、北海道から沖縄まで、全国から仕事が舞い込みます。そのためコロナ禍でも仕事が減ることはありませんでした。「何万人も何十万人も登録者がいる有名なユーチューバーがいるなか、1000人や2000人ってどうなんだろうともどかしさを感じていましたが、それでもすごい効果があるなと驚きました」と、情報とコミュニケーションの影響力を実感しています。これからは、さらにブラッシュアップした短い動画やTikTokによる発信に力を入れていきたいと語ります。

着物はサスティナブル(持続可能)だということを伝えたい

「ホームページも、SNSやYouTubeも、何を伝えたいかっていうことが大事だと思っています。着物は仕立て直せることが最大のメリットだと思うので、このことを多くの人に知ってもらいたい」と、六代目は着物が一枚の反物で作られ、裁って捨てることがないことを強調します。必要ない部分は織りこんで仕立てるので、縫い糸を解いて並べれば、また反物に戻すことができます。型紙に沿って生地を裁断する洋服は生地に戻すことはできません。これが着物と洋服の決定的な違いです。

反物に戻せば、違うサイズで仕立て直すことができ、これは『だるまや』の得意とする技術です。最近ではお母さんが着た振り袖を体型が違う娘さん用に仕立て直すことが増えていて、「後で写真を送ってくれたり、振り袖姿を見せに来てくれる人もいて、やった仕事が喜ばれているのを見れるのはすごく嬉しい」と、サラリーマン時代には味わえなかった喜びを感じています。

着物ライフをより楽しくするためには、着物について、特に『洗い張り』や『仕立て』についてきちんと知ってもらうことがとても大切。そのために六代目は、「できること、できないことをきちんと説明する。できないことはできない理由を伝える、そのうえでお客様に良い店かどうか判断してもらう、その手助けをすることは商売をするうえでの責任」だといいます。そして「『だるまや』を、自分が客になったときに選ぶような店にしたい」と、将来の展望を語ります。

商店街の活性化にも参加しサスティナブルな未来作りに貢献

商売をしていると「日本を良くしよう」「政治を変えよう」など、いろいろな誘いがあるそうです。あるとき「商店街を活性化しよう」という誘いがありました。店じまいが増え商店街が荒廃してしまうことが全国的に問題になっています。平塚駅前商店街もシャッターを閉める店が増えています。『だるまや』六代目も今後の商店街をどうしたらよいか考えていたところでしたから、「そうだ、やりたいのはこれだ!」と意気投合。2018年「平塚まちなか活性化隊(まち活)」発足時にすぐ参加しました。駅前商店街の若手店主たちを中心に、市役所や商工会議所の後援も受け、有志ボランティアや大学生がサポートメンバーとして活動しています。六代目は得意なホームページの制作などに積極的に参加、2020年には「お弁当まっぷ」を作りコロナ禍で苦しむ飲食店を支援するために頑張っています。

また『だるまや』は平塚まちゼミにも参加しています。まちゼミは商店街の店主達が講師となり専門店ならではの知識や情報を受講者に伝えるミニ講座です。受講料は無料、販売なしで、全国的に広まっている活動です。『だるまや』はこれまでにも『超初心者向け着付け教室』『きものをカビから守るには!?』をテーマに開催、2021年10月には『着物を解いて洗う、洗い張り体験』を実施する予定です。これも店と街のファンを作るためにとても役立っているそうです。

「『だるまや』は本当に行動力があって、いろんなことを始める」と、同じ商店街の店主たちも感心しています。「とにかく、思い立ったときにすぐに行動できるノリの良さが大事。失敗してはダメと思うとやれなくなっちゃう。輝いている人はくすぶっている人の100倍は失敗していると思う。100倍行動して、100倍傷ついているからこそ、100倍輝ける」と六代目。「オンラインでもリアルでも、これからも多くの人々と出会い、語り、コミュニケーションをはかり、着物産業も商店街も持続可能な、サスティナブルで輝く未来を、僕たちが作っていかなくてはいけない」と、意欲を見せています。

取材・文 椿 栄里子

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